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弥生式文化とメダカ

毎度、みっちゃんです。

さて、今日も勉強会スタートです。

昨日は縄文式文化でしたね。この時代は貧富の差はなく墓地も共同、狩りや漁、住宅(竪穴式住居)を作るのも共同作業で行なっていました。

原始共産制のこの集団は母系制氏族共同体であったのでしょう。

多分、土偶はその象徴で万物に精霊が宿り、それが人間の運命を左右すると考えるアニーズム(精霊崇拝)と関係のあるもので、それが女性をかたどるのは女性が子を産むもの、すなわち生命の根源として、そこに霊妙な力を感じていたとも解せられるのではないでしょうか?

伊勢神宮に祀られている最高神、天照大神は太陽神であり高天原の主祭神であるが女性の神様です。

天照大神の親はイザナミの神と妻はイザナミの神ですが妻を伴い黄泉の国に行くも逃げ戻り川でみそぎをするときに左目を洗った時にできた子が天照大神で右目を洗った時の子が月読尊(つくよみのみこと)鼻を洗った時の子が須佐之男命でこの三柱神を三貴子というようです。

古代より現在に至るまで日本では女性の地位は高いですね。

イギリスにおいても女性の地位が高いのは海洋民族に特有の傾向かも知れません(あくまで個人判断ですが・・・)


さて、そろそろ本題に入れねば・・・

弥生式文化は朝鮮方面から今までにない全く新しい高い文化、弥生式土器の文化がそれまでの縄文式文化を刷新した。
それは大陸からの侵略の形で流入されたものでなく新来人種が縄文時代人に吸収される形でのスタートだった。

日本人自体は固有純潔民族ではなくて混血民族の意見を持つ学者が多いのはこの点からだろう。

この時点で社会は「未開」の段階から「文明」の段階へとステップアップした。

農業は沖積世の初期段階で西南アジアで小麦や大麦が栽培されたのが世界史上の最初だが、続いてエジプトのナイル河下流・中流で農業が始まっている。

紀元前三千年ないしは二千年頃にはインドのインダス河、中国の黄河流域でも農業と家畜の飼養が始まっていたとされる。

紀元前三~二世紀頃、南朝鮮から、北九州の海岸地帯に,高い技術で作られた土器、水田農業、金属器を伴う文化が伝わり、これが弥生式文化である。

水田農業における稲作の開始はこの時であろう。

さて、メダカは(目高、Oryzias latipes)またはニホンメダカは、ダツ目 メダカ科(アドリアニクチス科)に属する魚。体長 4 cm 程の淡水魚。学名の Oryzias latipes は『稲の周りにいる足(ヒレ)の広い』という意味である。

余談だが、サンマ(秋刀魚、学名:Cololabis saira) は、ダツ目-ダツ上科-サンマ科-サンマ属に分類される、海棲硬骨魚の1種。 北太平洋に広く生息する。

ということでサンマとメダカは親戚筋である。

メダカと稲の相関関係はこのあたりからのスタートであろうと推測されます。


メダカ並び

本日はこれまで。

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